
高齢者の中には、義歯を作ったものの、使いたくないとおっしゃる方が少なからずあります。
私の亡くなった祖母も、歯茎だけで上手に食べていました。せんべいなどは水分を含ませ軟らかくして食べ、漬物は小さく刻んでそのまま丸呑みだったのではないかと思います。そうして90歳を越えて認知症になり、最後は寝たきりとなって亡くなりました。もし、私に義歯に関する知識があれば、少し違う最期の迎え方があったかも知れません。
そこで、義歯を使用することの意味を改めてお伝えすることにいたしました。
この記事の目次
1.歯で噛むことの意味
前述したように、歯がなくても食べ物を軟らかく調整することで、ある程度食べることは可能です。しかし、肉や繊維の多い野菜などは噛み切ることができません。
食べることは味わうだけでなく、目や音でも楽しむものです。せんべいのバリバリや漬物のポリポリからもおいしさを感じますよね。歯が抜けることの影響は「歯を失う原因のトップは歯周病!歯のテーマパーク8020より」でお伝えしていますので、合わせてご覧下さい。
特に奥歯の噛む力が低下すると、低栄養からフレイルになりやすいことが指摘されています。さらに見逃せないのが認知症との関係です。
厚生労働省の研究班による、歯の状態と認知症の関係についての調査があります。
年齢・治療疾患の有無や生活習慣などに関わらず、歯がほとんどなく義歯を使用していない人や、かかりつけ歯科医院のない人は認知症の発症リスクが高いという結果でした。歯がほとんどなく義歯も使っていない人は、20本以上歯が残っている人の1.9倍認知症発症リスクが高くなっていました。
ただし、歯がほとんどなくても義歯を使うことで、4割削減できる可能性があるそうです。

2.噛み合せという問題
上下の歯の接触関係を噛み合せと言います。
人の顎は上顎が頭蓋骨に固定され、下顎は上顎からつり下がった状態にあり、幾つかの筋肉が支えています。この筋肉が伸び縮みすることで、下顎が動いて噛むことができるのです。
正しい噛み合せは、上の歯1本に対し下の歯2本がかみ合い、口を閉じると前歯は下の歯より内側にきています。そして奥歯では、上下の歯が互いにかみ合っています。
永久歯が抜けてそのままにしておくと、隣り合わせの歯が抜けた歯の方向に傾いたり、かみ合っていた上の歯が下向きに降りて噛み合せが悪くなります。すると、咀嚼効率は悪くなり、一部の歯に負担が集中します。
噛むための咀嚼筋をはじめ全身の筋肉のバランスが崩れ、顎と頭部の位置もずれてくるため身体の軸が安定しません。
そのため、立ち上がりや歩行時にふらつきが生じ、踏ん張りが効かず転倒しやすくなるのです。
前項で歯と認知症の関係を述べましたが、転倒に関しても同じような報告があります。
歯がほとんどないのに義歯を使っていない人は、歯が20本以上残っている人に比べ転倒リスクが2.5倍高くなります。
歯が19本以下でも、義歯を入れることで転倒リスクは半減できる可能性があるそうです。
さらに、ほとんどの歯を失った状態が続くと、口腔内容積は歯の高さ分だけ少なくなります。言い換えると口の中が狭くなるということですが、狭くなった口の中では舌の運動も抑制されるため飲み込みにも影響を及ぼします。
歯はたとえ1本でも抜けると影響が出てきます。義歯を使って変わらず食べられる様にすることが大切です。
3.義歯の役割
義歯(入れ歯)は、失われた歯を補うための人工的な歯の総称です。義歯の最大の役割は咀嚼機能の回復ですが、それ以外に発声機能の回復があります。抜けた歯があると、発声時に音が漏れて上手く話せない言葉があるのです。
また、歯が抜けていると見た目が気になり大きな口で話したり笑ったりしにくいものです。お口の周囲の筋肉が弱るとたるみやシワの原因にもなり、老け顔になります。
義歯を入れることで、自信を持って人と話せるのではないでしょうか。
4.義歯の種類
義歯には総入れ歯と部分入れ歯があります。総入れ歯は自分の歯が1本も残っていない人が使用するもので、取り外しが可能です。
人工歯と歯茎に接する土台からできています。部分入れ歯には取り外しができるものとできないものがあり、一般的に取り外しができるものが部分入れ歯と呼ばれています。
残っている歯にかけるバネと人工歯、歯のない部分の粘膜に接する土台からできています。取り外せないのはブリッジやインプラントです。
ブリッジは残っている健康な歯を土台にして、連結した人工の歯を橋のように渡します。インプラントは、顎に人工歯根を固定して、その上に人工歯を装着します。
それぞれの義歯には、種類によって保険適応と対象外のものがあります。

管理のしやすさ、強度、装着感などに違いがあります。
5.義歯のお手入れ
取り外しができる義歯は毎食後の歯磨きと同様に、ブラシを用いて食べかすを洗い流します。使用するブラシは、義歯専用ブラシか柔らかい歯ブラシを使用しましょう。
洗浄する際、義歯の変形に繋がるため熱湯は避けてください。義歯洗浄剤を用いると、義歯に付いた細菌(プラーク)を効果的に除去することができます。
義歯用洗剤を使用される場合、幾つもの種類がありますが、効成分や洗浄作用が異なるため、自分の義歯にあったものを選択する必要があります。
洗浄剤に義歯を浸す際にも、義歯の汚れは事前に落としておきましょう。規定された時間浸しますが、プラークをしっかり落とすには2時間程度必要ともいわれています。その後装着前には、流水にて十分洗浄して下さい。
義歯の保管は、乾燥による変形を防ぐため水に浸すか、湿った状態で保管することが望ましいといわれています。長時間水中で保管する場合はカビや雑菌の繁殖原因になるため、義歯を洗浄後清潔な容器に保管しましょう。
義歯も時間と共に傷んできます。
毎日の洗浄時に傷などがないか確認し、定期的に歯科医師によるチェックを受けましょう。
日々の細やかなメンテナンスにより、長く使用することができます。
6.まとめ
「食べることは健康な身体作りに必須である」と、繰り返しお伝えしてきました。その食べることに健康な口は欠かせません。毎日のケアと定期的な歯科検診で、できるだけ自分の歯を守りましょう。残念ながら自分の歯を失ってしまっても、適切な義歯を用いることで諦めずしっかり噛んで、おいしい物を楽しく食べ続けて下さいね。
引用/参考文献
テーマパーク8020 https://x.gd/xhXvw
日本歯科衛生士会https://x.gd/nQddD
神奈川歯科大学プレスリリースhttps://x.gd/u9Crl
公益社団法人神奈川県歯科医師会オーラルヘルスラインhttps://x.gd/eHKxm
この記事を書いた人
看護師:青木 容子
〈プロフィール〉
看護師経験30年
(病院勤務通算8年、身体障害者施設3年、訪問看護15年、そのほか新生児訪問指導など)
現在は特別養護老人ホームなどで勤務する傍らCANNUS新長田を運営中。
紙屋克子氏らから、NICD:意識障害・寝たきり(廃用症候群)患者への生活行動回復看護を、黒岩恭子氏からは黒岩メソッドを学び、実践するとともにそれらの普及を目指している。