がん終末期の状態で救急搬送をする判断は非常に難しいと思います。今までお伝えしてきたがん救急における3大症状(疼痛・呼吸苦・意識障害)では、症状に対する対応でした。これらの症状に対応することも含めて、終末期の方は治療をどこまで受けるのか、最後をどのように過ごすのか、最後の療養場所をどこにするのか、など本人・家族の人生の最後に対する考え方がとても大切になってきます。
この記事の目次
1.がん終末期での救急搬送の場面とは
救急搬送をしない場合は、”住み慣れた自宅で最後まで暮らす”と決められた場合と言えるでしょう。
反対に、救急搬送をする状況は以下のようなことが考えられます。①〜④が組み合わさっている事もあります。
- 亡くなる前の身体の急激な変化に対して不安がある・対処方法がわからない
- ご高齢夫婦や家族(子供)が別居、仕事をしながらの介護などで介護力が不足している
- 在宅診療医が決まっていない、もしくは連携不足
- 在宅より病院が安心する
上記のような場合は救急搬送となることが考えられます。
特に1に関しては、今まで見たことがない症状の為、驚きどう対処してよいかわからず、救急車を呼んでしまうことが多いと、訪問看護をしていた時に感じたことです。では一体どういった症状なのでしょうか。
2.亡くなる前の身体の変化
亡くなる数週間前より身体的な症状が見られます。疼痛増強、嘔気・嘔吐、尿閉(尿量が極端に少ない、あるいは全く出ない)、発熱、倦怠感増強、食事量低下、指先や唇のチアノーゼ(血流が悪くなり紫色になる)、嚥下困難(食べ物を飲み込む力が弱くなる)、うつ、呼吸困難、認知障害、意識混濁、死前喘鳴(喉に痰が溜まり振動してゼーゼー、ゴロゴロと鳴る)などです。
上記の症状に付随して肺炎や褥瘡(床ずれ)の発生や治癒遅延、カテーテル感染(体内に入っている管のこと、例えば尿道カテーテルや中心静脈栄養の刺入部感染や出血)、消化管出血(症状として尿閉や下血)などがあります。
ここで、早急に救急搬送やかかりつけ医に相談する症状として「疼痛・呼吸苦・意識障害」について今までお伝えしました。どれも同じような症状が亡くなる前にも見られます。ここが難しいと感じるかもしれません。違いとしては終末期であるかどうかによります。では、終末期の定義とはどういうものでしょうか?
3.終末期の定義について
①死に至るプロセス、がんの特徴
終末期の定義は一般の方は曖昧なことがあります。がんに罹患された家族の介護をされている方の相談を受けていると、終末期とは「息も絶え絶えで今にも心臓が止まる寸前」と思われている方がおられます。亡くなる数日前ぐらいをイメージされているようです。確かに終末期という文字からそのような印象を受けることもあるかもしれません。終末期は公益社団法人全日本病院協会で以下のように定義づけられています。1)
1)複数の医師が客観的な情報を基に、治療により病気の回復が期待できないと判断すること
2)患者が意識や判断力を失った場合を除き、患者・家族・医師・看護師等の関係者が納得すること
3)患者・家族・医師・看護師等の関係者が死を予測し対応を考えること
疾患によっても異なりますが、実際は亡くなる数ヶ月前であることが多いです。人によっては治療もできないぐらいの最後の状態を想像されていますが、緩和ケアといって苦痛な症状(痛みや呼吸苦、嘔気など)を軽減するような治療が行われます。がんの方であれば、進行を抑える抗がん剤や癌性疼痛を抑えるモルヒネ(医療用麻薬)・放射線治療、倦怠感を軽減させるステロイドなどです。緩和ケアは本人・家族と話し合いながら行われます。
- 死に至るプロセス、がんの特徴
また死に至るまでのプロセスには段階がありますが、がんの方は他のご病気の方とは異なる特徴があります。がんの方は最後の数週間までは比較的、日常生活動作や機能が保たれます。意識がある程度保たれ、会話ができ、少しであれば食事を取れる方もおられます(個人差があります)。以下に図を載せるのでご参照ください。
※上の図を簡単に説明します
・突然死:事故や心筋梗塞などで突然、生命が絶たれる
・臓器不全:心不全やCOPDなど慢性疾患。重症化し入退院を繰り返しながら徐々に臓器機能が低下する。
・フレイル:加齢により少しずつ死に至るパターン
つまり最後をどのように過ごすのか、死を受け入れる時間がもて、本人・家族・医療従事者と話し合うことができます。
4.どのくらいの方が自宅での最後を迎えているのでしょうか
どのくらいの方が自宅で最後まで生活されているのでしょう。令和5年度の調査で「病気で治る見込みがなく、およそ1年以内に徐々にあるいは急に死に至ると考えた時、最後をどこで迎えたいか」という問いに対して自宅を選ばれる方は43.8%、病院41.6%3)となっておりやや自宅で迎えたいという方が多いという結果です。しかし実際はどうかというと、令和4年度のデータで自宅で亡くなられる方は17.4%、病院64.5%、他は介護施設など、となっています。人生の最後を自宅と思っている方は4割ほどおられますが、実際自宅で亡くなられる方は1割程度です。
これは “介護力不足”や“最後の時の身体の変化に対する対応が困難” “死の受け入れが難しい”などが挙げられます。“亡くなるまでの肉体の変化”や“死の受け入れが困難”などについては、現在は核家族世帯が多く(82.4%)4)、ご家族の介護・在宅での看取りの経験が少ないことが考えられます。そのため、核家族世帯、つまり祖母祖父やその上の世帯と生活したことがない世帯は自宅での看取りを経験することが少なくなった為、「2.の亡くなる前の身体の変化」のような症状を見ると恐怖や不安が増強し、“在宅で死を迎える”と意思決定をしても最後数日間で迷いが生じ救急車を呼んでしまう家族がおられます。
ただそれが悪いわけではありません。恐怖や不安を感じた時、在宅診療医や訪問看護師など専門職のサポートがあり、すぐに相談できる体制があれば、救急車を呼ぶかどうかの判断を仰ぎ、本人家族の望む最後つまり“在宅で死を迎える”という選択ができるのではないでしょうか。
5.在宅診療医に診てもらうタイミング
では、在宅診療医にかかりつけ医になってもらうタイミングはいつでしょうか。がん患者さんの多くは当初、通院や必要なら入院して手術や抗がん剤などがん治療を受けています。その後治療の状況に応じて定期的に通院し採血やレントゲンなどの検査・内服処方などを受けているでしょう。しかし、がんの進行により通院が難しくなる時がきます。その時が在宅診療医を考えるタイミングといえるでしょう。
がんの進行が見られ、これ以上治療が困難だと医師が判断した場合、治療をどこまで望むか、最後をどこで過ごしたいかというお話が出てきます。アドバンス・ケア・プランニング(人生会議)と呼ばれる考え方が広がってきています。万が一に備えてどういう医療やケアを望んでいるか、人生をどう生きるか、医療チームと話し合うという取り組みです。自宅で家族に囲まれながら、今まで生活していた見慣れた風景の中で最後まで過ごしたいという想いがあれば、家族・医療チームと想いを共有したほうがいいでしょう。
私の母の場合も通院が体力的に困難と感じた時、在宅診療医を探しました。そして最後の受診になると予想した受診で、かかりつけ医に最後は自宅で迎えたいという事を伝えました。そして在宅診療を専門に行っているクリニックに紹介状を書いてもらいました。
- 訪問診療医の探し方
訪問診療医がどこにいるのかわからない、ということであれば病院のソーシャルワーカーや訪問看護師に来てもらっていれば訪問看護ステーションの管理者に相談してみましょう。
ただここで注意が必要ですが、訪問診療医に診てもらう場合、今までの病院のかかりつけ医の受診はなくなります。つまり新しい医師に変わります。新しい医師になると心配・不安と思われる方もいますが、病院の医師は基本的に在宅診療をしません(クリニックの医師で外来も在宅診療もしているという医師はいます)。多くの在宅診療の場合、まず初めに面談があります。自宅に医師が来て挨拶や今後の方針などを話してくれます。
6.まとめ
がん終末期の救急搬送の判断は、症状というより“自宅で最後まで過ごしたいか”という意思決定が大切です。そのために終末期の定義、がん罹患の方の死までのプロセス、医療従事者のサポート体制をお話しました。私自身の母もがん患者でしたが、母自身・そして私の希望で最後まで自宅で生活しました。介護力の問題、仕事などの環境など様々な課題がご家庭それぞれにありますが、在宅で最後まで生活できることで穏やかな最後が迎えられると身をもって感じました。死は誰にでも訪れます。そこを恐れるのではなく受け入れ、医療従事者のサポートを受けながら人生の最後を望む形で迎えてもらえればと思います。
【引用文献】
1)終末期医療に関するガイドライン ~よりよい終末期を迎えるために~ 公益社団法人全日本病院協会 終末
2) 「終末期」と見なす適切な時期とは?(関口健二) 「終末期」と見なす適切な時期とは?(関口健二)より抜粋 医学書院
3) 「人生の最終段階における医療・介護」厚生労働省
4) 「2023(令和5)年 国民生活基礎調査の概況」 厚生労働省
【参照文献】
一般財団法人構成労働統計協会、国民衛生の同行、2023
藤原 泰子,在宅看取りマニュアル-訪問看護師のための5ステージによるケア-,真興交易(株)医書出版部
、2016.
この記事を書いた人
山川幸江
<プロフィール>
病棟勤務14年。手術や抗がん剤治療など癌治療を受けられる多くの癌患者様に関わる。ICU配属中に、実母が肺癌ステージ4と告知を受ける。在宅での療養生活を見越し、訪問看護へ転職。同時期に事業所管理者となり、母の療養生活を支える。訪問看護でも、自宅療養の癌患者様に多く関わる。ダブルワークで働く中、母の在宅看取りを経験。自身の経験から癌患者様、介護中のご家族様が安心できる療養生活を過ごせるよう、介護空間コーディネーターとして、複数メディアで記事執筆、講座を行う。
<経歴>
看護師経験16年(消化器・乳腺外科、呼吸器・循環器内科・ICU/訪問看護・管理者)
自費訪問 ひかりハートケア登録ナース
(一社)日本ナースオーブ ウェルネスナース
<執筆・講座>
株式会社キタイエ様
「暮らしの中の安心サポーター“ナース家政婦さん”」
「ほっよかった。受診付き添いに安心を提供。”受診のともちゃん”」他
「がんで余命半年の親を看取った看護師の経験/ウェルネス講座」
「退院前から介護利用までの50のチェックリスト/note」