高齢者の増加にともない、救急医療の需要が増大しています。
なかでも、65歳以上の高齢者が転倒によって救急搬送されるという事例は全体の8割を占めており、深刻な社会問題になっています。
高齢になると身体能力の低下や認知症による判断力の低下が重なり、身体を動かす筋肉と思考の動きに誤差が生じて、バランスが取りにくくなります。
また、転倒すると骨粗しょう症の影響で骨折や致命的な外傷にもなりかねません。
このように転倒した高齢者を目の前にすると、慌てて救急車を呼ぼうとするのは当然だと思います。
しかし、施設で多くの転倒事故の事例を経験して言えるのは、すべての高齢者が転倒後に救急車を呼ぶ必要はないということです。
高齢者の転倒を100%防ぐことは難しいですが、緊急事態かどうかを判断できれば本当に必要な人に救急医療を届けられるのではないかと思います。
そこで今回は、高齢者が転倒したときに救急車を呼ぶか、呼ばないかの判断についてわかりやすくお伝えしていきます。
この記事の目次
救急車を呼ぶ?呼ばない?高齢者が転倒したとき!
日常の生活の中で高齢者が転倒した場合、軽傷であることがほとんどです。内出血で気づくことや「数日前に転んだところが痛くなってきた」という訴えによって気づくことも多くあります。
このような場合を含めて高齢者が転倒したときは、打った箇所やその後の状態によって対応がかわります。
下の表を参考にしながら順番に確認していきましょう。
高齢者の転倒後に予測される疾患
打った場所 | 予測される疾患 | 出現する兆候 |
---|
頭を打った | ・急性硬膜下血腫 ・外傷性くも膜下血腫 ・脳挫傷 | ・頭痛 ・吐き気 ・瞳孔の左右差 ・呂律がまわらない ・意識がもうろうとする *意識があっても急激に悪化する可能性もある |
胸を打った | ・肋骨骨折 ・気胸 ・胸挫傷 | ・呼吸困難 ・喘鳴 ・咳 ・胸の痛み ・呼吸や脈が速い ・顔面蒼白 ・意識低下 ・SPO2低下 ・呼吸音の左右差 |
尻もちをついた | ・脊柱圧迫骨折 ・大腿部近位部骨折 ・恥骨骨折 ・座骨骨折 | ・腰痛 ・脊椎の圧迫感 ・叩いた時の痛み ・股関節の圧痛 ・足の長さが違う *下腹部痛を訴えることもある |
手のひらをついた | ・橈骨遠位端骨折 | ・関節の動きに制限あり ・手関節痛 ・腫れや熱感 ・しびれ |
肘や肩を打った | ・上腕骨近位端骨折 ・脱臼 | ・関節の動きが制限 ・打った部位の激しい痛み ・腫れや熱感 ・皮膚や骨の突出 ・しびれ |
高齢者の転倒後に予測される疾患
頭を打った場合は慎重に!
頭を打っている場合は生命に直結するため判断を急ぐ必要があります。すぐに救急車を呼ぶのか、経過観察で良いのかのポイントは呼びかけへの反応です。
救急車を呼ぶとき
高齢者が転倒した時に頭を打って呼びかけにも応えない、意識もうろうとしている状態は内部で出血している可能性がありますので、無理やり動かすことはせずに迷わず救急車を呼びます。
すぐに応援を呼び、救急車を待っている間は掛物をして体を冷やさないようにします。
もし、出血しているのであれば清潔な布で出血箇所を押さえておきます。
救急車を呼ばないとき
呼びかけに対し返事をする場合、いつもと変わらない場合は様子をみます。
ただし、高齢者は状態が変化しやすいため、見た目の状態だけではなく、脳出血や脳挫傷の可能性があることを予測して慎重に経過観察をしていくことが必要です。
救急車を呼ぶような緊急性はないにしても、高齢者は次の特徴があることを理解し48時間は慎重に様子をみるようにします。
・高齢者は脳が萎縮しているため、軽度の脳出血や挫傷では、すぐに症状が出にくいことがある
・出血や挫傷後、自覚症状なく脳の浮腫が進行し、急激に意識低下に陥ることがある。
・血液をサラサラにする薬を飲んでいるため、出血しやすい
・痛みや症状に対する感覚が鈍い
このような特徴を踏まえると、見えないところで症状が進行しているということも考えられます。
「慢性硬膜下血腫」は硬膜とクモ膜との間に少量ずつ出血して血腫が出来ていくため、忘れたころに症状が出ることもあります。
定期受診をするときには必ず医師に転倒したことを伝えておきましょう。
胸を打ったとき
転倒時に胸を打つことはめったにないのですが、私は介護施設で転倒した時にベッド柵や車いすのアームレストで胸を打つ事例を何度も経験しています。
胸を打った後に痛みを訴えるために受診をすると肋骨が折れていたということもよくありました。
このように胸を打った時によくあるのが肋骨骨折です。
肋骨が骨折していると、折れた骨が臓器を傷つけていないか、そっと1本1本触れて確認する必要があります。しかし、呼吸が苦しそう、痛みが強い場合は対応を急ぐ必要があります。
救急車を呼ぶとき
肋骨骨折により肺などが損傷を受けると血胸や気胸、心臓の損傷などの重篤な合併症を引き起こす可能性があります。
呼吸困難や強い胸の痛み、意識がもうろうとしてきたらすぐに救急車を呼びましょう。
救急車を呼ばないとき
軽い打撲で痛みも強くないようであれば、数日経過をみていきます。
痛みが段々強くなる、打ったところが腫れてきた、熱をもつなどの症状があれば、かかりつけ医を受診するようにしましょう。
尻もちをついたとき
高齢になると骨粗しょう症の影響もあり骨がもろくなります。そのため、椅子や車いす、ベッドから滑り落ちると圧迫骨折を生じてしまいます。
特に、立った姿勢からよろめいて尻もちをついた時は衝撃が強いため、脊椎や大腿骨折れる可能性が高くなります。
高齢者が尻もちをつくことはよくあることですが、その都度救急車を呼んでいたら大変です。緊急事態かどうか判断のポイントを次に説明します。
救急車を呼ぶとき
背骨にある脊椎垂体の中には脳から下半身へとつながる神経が走っているためこの個所に支障があると痛みの他、歩くことも動かすことも出来なくなります。
また、大腿骨が骨折すると直後から強い痛みと腫れがあり歩くことはできません。
特に外側の骨折は出血量も多いため早く処置を行わなければ貧血が進んでしまいます。
このような強い痛み、歩けない場合は動かさずに救急車を呼びます。
救急車を待っている間は痛みや不安で意識もうろうとしてくる可能性もあるので、応援を呼びながら安心できるように声掛けをします。
救急車を呼ばないとき
骨折のタイプや程度によっては直後に痛みを感じないこともあります。
認知症があり、歩くことができるのであれば、しばらく気づかないこともあります。
転倒後に寝ている時間が長い、足を引きずっている、食欲がないなどいつもと違う症状があればかかりつけ医を受診しましょう。
手首、肘や肩を打ったとき
段差などにつまずいた時は、とっさに手をつくために手首や肘を骨折しやすくなります。
また、その拍子に肩を強く打つと、脱臼や肩の筋が切れてしまうことがあります。
肘や肩を打った場合、生命の危機に直面することはまれですが、骨折や脱臼があると強い痛みや腫れで動かすことが出来なくなります。
このような場合の判断ポイントは痛みの強さです。
救急車を呼ぶとき
転倒後に、手首、肘や肩を打った場合は変形や出血がないかを確認します。激しい痛みや腫れ、皮膚から骨が突き出しているときは、無理に動かさずに救急車を呼びます。
高齢者は激しい痛みで混乱すると呼吸が乱れて意識がもうろうとすることがあります。応援を呼んでそばに寄り添うようにしましょう。
救急車を呼ばないとき
軽い痛みではあるが、手首の関節が動かしにくい、肘、肩が上がらないなどの症状があれば整形外科へ受診をしましょう。
症状が軽くても数日経過してから内出血ができて、動かすことでしびれや痛みが増強されることがあります。
骨折や骨がずれているのをそのままにしていると、変形や運動機能の低下、慢性的な痛みが続きます。症状については慎重に経過を見ていきましょう。
救急車以外の搬送について
救急車を呼ぶほどの緊急性はないけれど、受診をした方が良いという時、自家用車では難しいという場合があります。そのような時には、介護タクシーが便利です。
①介護タクシー
寝たまま、車いすのまま乗降することができる移動方法として介護タクシーがあります。福祉輸送として訪問介護に位置付けられていますが、訪問介護をしている介護タクシーは全国的に見ても少なく、福祉タクシー、もしくは患者等搬送事業をされている会社がほとんどです。
介護保険を利用できる場合もあるので担当のケアマネジャーがいれば確認してみると良いでしょう。介護保険で定期通院されている高齢者であっても予定外の受診であれば自費になる場合もあります。
介護タクシーの利用については下記のリンクを参照にしてください。
参考:「介護タクシー案内所」介護タクシーとは?利用方法をご紹介
②社会福祉協議会による車いすの貸し出し
自宅近くにかかりつけ医がいる場合は、移動するときに車いすがあると便利です。
介護保険を利用している高齢者は、担当のケアマネジャーに相談すると貸し出しの業者に依頼してくれます。
また、地域の社会福祉協議会では低料金で貸し出しをしていることもあるため、たずねてみると良いでしょう。
まとめ
高齢者が転倒した時はまず、頭を打っているかを確認することが優先されます。
緊急性がある時には迷わず救急車を呼び、いつもと変わらない場合でも打った場所によっては、かかりつけ医受診をした方が安心できます。
高齢者の特徴と救急車を呼ぶ基準を理解することですべての高齢者に最適な医療を届けることが出来ると思います。
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この記事を書いた人
福井三賀子
<プロフィール>
小児内科、外科、整形外科の外来と病棟勤務で看護の基本を学ぶ。
同病院の夜間救急ではアルコール中毒、火傷、外傷性ショックや吐血、脳疾患など多くの救急医療を経験。
結婚後は介護保険サービス事業所で勤務しながらケアマネジャーの資格を取得。6年間在宅支援をするなかで、利用者の緊急事態に家族の立ち場で関わる。
在宅支援をしている時に、介護者である娘や妻の介護によるストレスが社会的な問題に発展していることに気づき、心の仕組みついて学びを深めると同時に更年期の女性について探求を始める。
現在は施設看護師として入居者の健康維持に努めながら50代女性対象の執筆活動やお話会、講座を開講している。
<経歴>
看護師経験20年。
外来、病棟(小児・内科・外科・整形・救急外来)
介護保険(デイサービス・訪問入浴・訪問看護・老人保健施設・特別養護老人ホーム)
介護支援専門員6年
<資格>
看護師/NLPマスタープロテクショナー/プロコミニュケーター
<活動>
講座「更年期は黄金期」
ブログ「幸せな更年期への道のり」
メルマガ「50代女性が自律するためのブログ」
スタンドFMラジオ「幸せな更年期への道のり」