「もし自分が手術を受けることになったら、同意書の家族のサイン欄は誰に書いてもらえばいいのだろう」
そんな疑問を持ったことはありませんか。
前回は、入院時に求められる保証人についてお伝えしました。保証人は入院生活や退院後の生活を支える大切な存在です。しかし本人に代わって手術や治療の同意をする権限は持ちません。
身寄りがない方や家族と疎遠な方の場合、「自分が判断できなくなったら誰が治療を決めるのだろう」と不安に感じることもあるでしょう。
今回は、手術の同意は誰が行うのか、そして本人が意思を伝えられなくなった場合、医療現場ではどのように治療方針を決めているのかについてお伝えします。
この記事の目次
1.手術の同意は誰がするの?
病院で手術を受ける際には、医師から病気や治療内容、期待される効果や考えられるリスクについて説明を受け、同意書に署名することが一般的です。
そのため、「家族がいないと手術は受けられないのでは?」
「保証人がいないと同意書を書いてもらえないのでは?」と心配される方も少なくありません。
しかし、医療において治療を受けるかどうかを決めるのは、原則として患者さん本人です。
これは「自己決定権」と呼ばれる考え方で、自分自身の医療については、自分の意思で決めることが基本とされています。
つまり、身寄りがないことだけを理由に治療や手術を受けられなくなるわけではありません。
2.治療は原則本人が決める
本人が病状や治療内容を理解し、自分の意思を伝えられる状態であれば、本人の同意で治療は進められます。
例えば、一人暮らしの方が胃がんと診断され、手術が必要になったとします。
医師から説明を受け、その内容を理解した上で「手術を受けたい」と本人が判断すれば、家族や親族がいなくても手術を受けることができます。
私たち看護師も、説明内容についての不安や疑問を伺いながら治療内容を理解し、納得して選択ができるように支援しています。
医療で最も大切にされるのは、「本人がどうしたいか」という思いです。
3.本人が意思を伝えられないときはどうなる?
一方で、病気によって本人が意思を伝えられない状況になることもあります。
例えば、
・認知症が進行している
・意識障害がある
・脳卒中などで意思表示が難しい
・緊急手術が必要で十分な説明を受ける時間がない
といった場合です。
このようなとき、「家族が代わりに決める」と思われがちですが、実際にはそうではありません。家族や親族は、本人の意思を代わりに決める人ではなく、「本人ならどう考えるか」を医療者へ伝える大切な役割を担っています。
例えば、
「以前から延命治療は望まないと言っていた」
「できるだけ自宅で過ごしたいと話していた」
などの、本人の価値観や希望が、医療チームにとっては治療方針を考えるための大切な手がかりになります。
では、身寄りがない場合はどうなるのでしょうか。
本人の希望や価値観を知る人がいない場合には、医療現場ではより慎重な判断が求められます。
4.医療現場ではどのように判断している?
身寄りがない場合、「医師が一人で治療方針を決める」と思われることがあります。
しかし、厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」では、そのような判断は推奨されていません。
医療現場では、
・医師
・看護師
・医療ソーシャルワーカー
・リハビリ職
・薬剤師
など、多職種が情報を共有しながら話し合いを重ねます。病院によっては倫理委員会などが関わることもあります。
その際に大切にされるのは、「本人はどう考えるだろうか」という視点です。
患者さんとの日々の会話や生活歴、これまで大切にしてきたことなど、できる限り多くの情報を集め、その人らしい医療・ケアとは何かを検討していきます。
また、「成年後見人がいれば治療を決められる」と思われることがありますが、現在の制度では 成年後見人等に医療行為への同意権はありません。
成年後見人は財産管理や契約の支援を行う制度であり、手術や延命治療などの医療行為を代理で決定することはできません。
5.今からできる準備 ― ACP(人生会議)という考え方
こうした場面で大切になるのが、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)です。
ACPは「人生会議」とも呼ばれています。
これは、将来、自分で意思を伝えられなくなった場合に備え、自分が大切にしたいことや希望する医療・ケアについて、家族や信頼できる人、医療者と繰り返し話し合う取り組みです。
話し合う内容は、
・どのような暮らしを大切にしたいか
・どのような医療を望むか
・誰に自分の思いを伝えておきたいか
など、人それぞれです。
ACPは、一度話し合えば終わりではありません。
年齢や病気、生活環境によって考え方は変わることがあります。
だからこそ、その時々の気持ちを見直しながら、繰り返し話し合うことが大切です。身寄りがない方に限らず、誰にとっても自分らしい医療を受けるための大切な準備と言えるでしょう。
「人生会議」と聞くと何人かで集まって、しっかりと話し合いをするというイメージを持つかもしれません。しかし、必ずしもそのようなかしこまった形である必要はありません。
「今後、自分はどう生きていきたいだろう」
「もしものとき、自分はどのような治療を望むだろう」ということを考えたときにどのような考えが浮かぶでしょうか。
その思いを身近な人に伝えたり、自分の言葉で書き残したりすることも、ACPの大切な一歩です。特別な準備を始めるというよりも、「自分はどう生きたいか」を考え、その思いを誰かと共有することから始めてみませんか。
6.まとめ
手術や治療を受けるかどうかを決めるのは、原則として本人です。身寄りがないからといって、治療を受けられないわけではありません。一方で、自分の意思を伝えられなくなった場合には、医療者が本人の価値観や希望を尊重しながら、多職種で話し合い、その人にとって最善と思われる医療・ケアを検討していきます。
だからこそ、元気なときから自分の思いや気持ちを誰かに伝えておくことには大きな意味があります。
「人生会議(ACP)」は、人生の最終段階だけでなく、自分らしい医療を受けるための第一歩でもあります。
「自分はどんな暮らしを送りたいだろうか」
「もしものときどんな医療を望むだろう」
普段はあまり考えないことかもしれません。だからこそ、元気な時に自分と対話する時間を持ち、想いを周りに共有してみませんか。
想像もしていなかった、自分の大切な価値観に気が付く機会になるかもしれません。
次回は、「医療費が支払えないとどうなる?身寄りがない人のお金の備え」についてお伝えします。
〈参考資料〉
・厚生労働省 『人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン』(平成30年3月改訂) 2026/6/28
・厚生労働省 『人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン 解説編』 20260628
・厚生労働省 『身寄りがない人への入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン』
(2026年6月28日使用)
この記事を書いた人
清水千夏
<プロフィール>
看護師経験15年(大学病院9年、訪問看護4年)
大学病院で、急性期(消化器外科、心臓血管外科、HCU)から退院支援部門まで幅広く経験を積む。その後、訪問看護ステーションに転職。
現在は立ち上げから関わっている訪問看護ステーションで勤務。0歳から100歳まで様々な年齢の方を対象に、住み慣れた自宅で暮らし続けるための支援を提供している。