けがや病気になったとき、私たちは活動を休み安静にします。身体の消耗を最小限にし、回復を促すためです。「寝てれば治る」という言葉もありますね。しかし、動かないことそのものが、身体を弱らせてしまうことがあります。このように、安静により「体を動かさない状態」が長く続くことで起こる機能低下を、廃用症候群(はいようしょうこうぐん)といいます。廃用症候群は高齢者だけでなく、若い人でも入院や骨折などをきっかけに起こることがあります。そして場合によっては、寝たきりにつながることが少なくありません。この記事では、廃用症候群のメカニズムや予防法についてお伝えします。
この記事の目次
1.「寝てれば治る」の落とし穴
みなさんは、「なんだか寒気がするし風邪を引いたかも」と感じたとき、どうしていますか。
薬を飲む、医療機関を受診する方もいますが、まずは「温かくして早めに寝よう」と考えられる方が多いのではないでしょうか。
風邪をはじめとする感染症では、身体の消耗を最小限にすることが大切です。
そのため、安静にすること自体は正しい行動です。
また、病気やけがで入院して「安静にしてください」と言われることも少なくありません。大切な家族が体調不良を訴えたら、「無理はさせたくない」と考えるのも自然なことですよね。
しかし、ここに見落としがちな落とし穴があります。
入院すると、病気によっては絶食となり数日間は点滴だけで過ごす場合もあります。
たとえそれが病気を治すために必要な治療であったとしても、安静や絶食によって使わなかった機能は低下していきます。
特に高齢者では、たった数日間でも急激に機能が低下することがあります。
そして、病気は治ったはずなのに、入院をきっかけに「歩けなくなった」「食べられなくなった」「認知機能が低下したように感じる」といった、新たな問題が起こることもあるのです。
2.廃用症候群ってどんな状態?
このように安静や入院をきっかけに起こる新たな問題、これこそが廃用症候群です。
医学的に廃用症候群(Disuse syndrome)は「身体活動の低下や不動(安静・臥床など)によって生じる、身体的・精神的機能の二次的障害の総称」とされています。1964年に G.G. Hirschberg が用いたことで広く知られるようになりました。
廃用症候群は、大きく3つに分類されます。
①身体の一部に起こる変化
手足を動かさない状態が続くと、関節が固くなる関節拘縮(こうしゅく)や、筋肉がやせる筋萎縮(いしゅく)、骨がもろくなる骨萎縮が起こります。
また、同じ姿勢が続くことで褥瘡(じょくそう:床ずれ)の原因にもなります。
②全身に起こる変化
動かない生活が続くと、心肺機能や体力は低下し、食欲低下や下痢または便秘なども起こりやすくなります。
さらに、誤嚥性肺炎や尿路感染症など、高齢者に多い病気のリスクも高まります。
③心や脳に起こる変化
人は身体を動かし、人と関わることで脳は活発に働いています。しかし、長時間ベッドなどで過ごす生活が続くと、刺激が少なくなり、意欲低下や認知機能の低下につながることがあります。
3.驚くべきスピードで進む!動かないと身体が弱る理由
私たちは普段の生活の中で、「動かさないとその能力を低下させてしまう」と言われても、なかなか実感できないかもしれません。そこで、いくつか身近な例を挙げてみます。
よく耳にするのが、骨折したときのエピソードです。
ギプスを外した際、筋肉がすっかり細くなり、左右の足や腕の太さが変わっていて驚いた、という体験をされた方も多いでしょう。
また、宇宙飛行士が地球に帰還した際、自分で立てずスタッフに支えられて移動する姿を、ニュースなどで見たことはありませんか。
厳しい訓練を積んだ宇宙飛行士でさえ、短期間で歩行が難しくなるという事実は大きな衝撃でした。
これは、無重力環境によって筋力や平衡感覚が低下するためです。
そして、実は高齢者の長期安静でも、これとよく似た変化が身体に起こります。
具体的には、高齢者が完全に横になった状態で安静にしていると、筋力は1日で0.5~2%、1週間で10~15%低下するといわれています。
ある研究では、平均67歳の健康な高齢者が10日間ベッド上で安静に過ごしたところ、以下のような結果が報告されています。
・下肢筋力:約13%低下
・階段を上がる力:約14%低下
・最大酸素摂取量(体力指標):約12%低下
このような筋力の低下は、わずか数日で始まります。
特に最初の1~2週間で急速に進み、高齢になるほど影響は大きくなります。
では、なぜこのようなことが起こるのでしょう。
人の身体は、「使うことで維持される」仕組みになっています。
安静にして使わないでいると、その機能は「不要」と判断され、筋肉や体力を省エネのため削減してしまうのです。
4.今日からできる!廃用症候群の予防法
必要以上の安静がかえって廃用症候群につながるというのなら、どのように支えていけばよいのでしょうか。
キーワードは「できることは自分でやってもらう」です。
現代の医療・介護では、可能な限り早期にベッドから離れる「早期離床(そうきりしょう)」が基本となっています。
私たちはつい「ふらつくと危ない」「疲れさせたくない」、あるいは「手伝った方が早い」などの理由から、必要以上に手助けをしてしまいがちです。
しかし、その手助けが「自分でできる機会」を奪い、身体の力を弱らせることがあります。
発熱や激しい咳、痛みなどの症状が落ち着いてきたら、できるだけ身体を起こす機会を持ちましょう。例えば、
・顔や身体を拭くときには手が届く範囲は自分で拭いてもらう
・横に向くときも、できる範囲で身体を動かしてもらう
・着替える際は身体を起こし、自分で袖を通してもらう
・食事はできるだけベッドを離れ、食卓でとる
など、小さな動作でも自分で動くことが大切です。
そうして少しずつ起きている時間を増やし、「できること」を取り戻していくことが、廃用症候群の予防につながります。
日常生活を行うことこそが、生活リハビリになるのです。
5.もし家族が意識不明や寝たきり状態になったら?
「できることは自分で」とお伝えしましたが、意識障害や完全な寝たきり状態になると、「家族に何ができるのだろう」と不安になる方も多いと思います。
療養する場所や状態によって関わり方は変わりますが、大切なことは、「できるだけ廃用症候群を進行させないこと」です。
廃用症候群は、「動かさないこと」で進行します。
そのため、本人が自分で動かせない場合は、周囲が代わりに身体へ刺激を与えていく必要があります。
①朝と夜のメリハリをつける
朝は、カーテンを開け換気を行いましょう。
「○○さん、おはよう」と名前を呼んで声をかけ、温かいタオルで顔を拭くことで、朝が来たことを、五感を通して伝えます。
昼夜のリズムを整えることは、脳を刺激し、心身の動きを保つためにも不可欠です。
②手足の関節を動かす
身体を動かさない状態が続くと、関節や筋肉は徐々に固くなっていきます。
指を組むようにして手を開閉する、手首や足首を動かす、手足を曲げ伸ばしするなど、無理のない範囲で行います。
特に、足首が固まってつま先立ちのようになる「尖足(せんそく)」になると、立つことが難しくなるため注意が必要です。
③身体の向きを変える・身体を起こす
同じ姿勢が続くと、褥瘡の原因になります。
そのため、定期的に身体の向きを変える体位変換が必要です。
また、少しずつ体を起こすことは、心臓や肺の働きを保つことにもつながります。
④適切な栄養をとる
口から食事ができない場合は、胃瘻(いろう)などを用いて栄養を摂取することもあります。身体の機能を維持し回復に向かうためにも、適切な栄養をしっかり確保することが大切です。
まとめ
けがや体調不調で療養するとき、私たちは「まず安静に」と考えがちです。間違いではありませんが、必要以上の安静は、かえって身体の機能を低下させ、廃用症候群につながることがあります。「早く元気になってほしい」と願っていたはずが、気づけば動けなくなっていた、というのは避けなければなりません。寝たきりを防ぐためには、安全に動けるように支えることです。できることを少しでも続けること。その積み重ねが、身体の守り、生活を守ることにつながるのだと思います。
参考資料
日本ヒューマン・ナーシング研究学会編.意識障害・寝たきり(廃用症候群)患者への生活行動回復看護教本.メディカ出版.2015年
筑波大学名誉教授 紙屋克子先生『生活行動回復看護』 – Happy Spiral 桜十字の医療と介護 vol.57 https://x.gd/UE7W9
この記事を書いた人
看護師:青木 容子
〈プロフィール〉
看護師経験30年
(病院勤務通算8年、身体障害者施設3年、訪問看護15年、そのほか新生児訪問指導など)
現在は特別養護老人ホームなどで勤務する傍らCANNUS新長田を運営中。
紙屋克子氏らから、NICD:意識障害・寝たきり(廃用症候群)患者への生活行動回復看護を、黒岩恭子氏からは黒岩メソッドを学び、実践するとともにそれらの普及を目指している。