
前回の記事は手術に関する注意点をお伝えしました。今回の記事は手術によって変化した外見のアフターケアをお伝えします。女性にとって乳房はアイデンティティ(=自分らしさ)であり、形の変化・喪失は心のストレスに繋がる方が多くおられます。術前との差がなるべく少なくなる方法として、乳房再建術・皮膚ケア・下着の3つの視点からお伝えします。
この記事の目次
1. 乳房再建術
乳房再建術は乳房の膨らみをできるだけ元に戻すための手術です。乳房全摘術(乳房を全て切除する)を受ける方が希望時、受けられます。乳房の形の変化が気になる方は医師に乳房再建術が可能か相談してみましょう。乳房再建術・一次再建と二次再建・自家組織と人工乳房の3つについてメリット・デメリットをまとめたので参考にしてください。
①乳房再建術のメリット・デメリット
メリット | デメリット |
・乳房の喪失感の軽減・下着の補正パッドを使うなどの煩わしさがない・温泉やプールに通常通り入れる | ・乳癌治療に加えて乳房再建についても判断が必要・入院期間が長くなる・経済的負担がある |
※金額は人工乳房を使用する、もしくはご自身の体の組織を使用する、のいずれかで変わってきますが、自己負担割合が3割の方で15万〜50万程です。
②一次再建と二次再建のメリット・デメリット
一次再建とは、乳がん手術と同時に乳房再建術を行います。”同時再建” ”即時再建”とも言われます。一次再建は更に”一次一期再建”と”一次二期再建”に分かれます。”一次一期再建”は乳がん手術と再建術が1回の手術で完了することです。”一次二期再建”は初回の乳がん手術の時に皮膚を伸ばす拡張機(ティッシュ・エキスパンダー)を入れ皮膚を伸ばし、2回目の手術で人工乳房(インプラント)を入れます。
二次再建とは、乳がんの手術とは別の時期に乳房再建術を行います。手術後に放射線治療があらかじめ決まっていれば、治療が落ち着いてから再建術になります。一般的には初回の手術を受けてから半年後程度です。こちらも”二次一期再建”と”二次二期再建”に分かれます。”二次一期再建”は乳がん術後に期間を置いて再建術を1回受けるため、手術回数は2回です。”二次一期再建”は皮膚を伸ばす拡張機を入れ皮膚を伸ばし、次の手術で人工乳房(インプラント)を入れるので、手術回数は3回です。
a. 一次再建
メリット | デメリット |
・二次再建より治療期間が短い・二次再建より手術回数が少ない・乳がん手術で切除された乳房を見る時期が少ない(喪失感や精神的負担が軽い) | ・手術時間が長くなる・入院期間が長くなる・初回の乳がん手術から再建術まで時間的な猶予が少ない。治療方針決定まで熟考する時間が少ない。 |
b. 二次再建
メリット | デメリット |
・手術の必要性や治療方針についてゆっくり考える時間がある。・時間があるので、再建後の乳房の形や形成外科などの医療機関を選びやすい。 | ・手術の回数が増える。・手術、入院回数が増えるので経済的負担がある。・乳房を失った状態で生活する時期があり、喪失感を感じやすい。 |
③自家組織・人工乳房のメリット・デメリット
自家組織は患者さん自身のお腹や背中の組織を使って乳房再建をする方法です。
人工乳房は人工物(皮膚拡張器(エキスパンダー)、インプラント)を使う方法です。どちらも保険適用です。
a.自家組織
メリット | デメリット |
・乳房の形・柔らかさ・温かさが自然になりやすい・人工物を使った形成術に比べて感染を起こしにくい。・一般的には1回の手術で再建されます。 | ・人工物を使用した再建術よりも手術時間が長い(4~8時間)・入院が長くなる(約2週間)・組織を採取した部分の傷跡が大きい。 |
b.人工乳房
メリット | デメリット |
・手術時間が短い(1〜2時間)・入院期間が短い(1週間程度)・乳房以外に傷がつかない | ・自家組織より人工物のため感染リスクが高い・触った感じは少し固く、冷たい ・組織拡張器を膨らませるための通院が必要(1〜2ヶ月に1回)・人工物の破損リスクがある |
2.皮膚ケアで傷の自己治癒力を上げる
乳房の傷は気になりますよね。傷口を見たり触ったりするのが怖いと言われる患者さんもおられます。しかし、皮膚・傷口をきれいにしておくことで、傷の治りが進み少しずつ目立たなくなっていきます。傷が治る過程・清潔の大切さ・保湿の3点についてお伝えします。
①傷が治る過程
大きく分けて4つの時期を経て治っていきます。自然治癒力によって傷は少しずつ目立たなくなっていきます。
止血期 | 手術直後〜数時間 |
血小板が血栓と呼ばれる血の塊を作り出血を止めます。 |
炎症期 | 数時間後〜3,4日 |
手術後、炎症を抑える・組織を修復するために白血球・好中球が増えます。その結果一時的に熱を持ったり、痛みや腫れたりします。 |
増殖期 | 術後3日〜2週間 |
新しく血管ができ始め、傷が閉じ始めます。その結果、つっぱり感を感じやすい時期です。 |
成熟期 | 2週間〜数年 |
コラーゲンが生成され傷口が閉じていきます。傷が少しずつ薄くなり皮膚の色に近づいていきます。 |
②清潔の大切さ
人には上記のように自然治癒力があります。更に清潔を保つことで血行がよくなり代謝が促進し傷の治りも進みます。
しかし不潔にしていると、傷の近くに汗や老廃物が付着し感染のリスクが高くなり傷の治りは遅くなります。
治癒後は瘢痕が残らないようお肌に優しいボディーソープや石鹸、洗い方が必要です。洗浄成分の強いボディーソープを使うと皮膚の常在菌を殺傷してしまいます。常在菌は何百万と皮膚に存在しており、炎症を起こす菌を殺菌する・皮膚を弱酸性に保つなど皮膚を守る役割を果たしています。またゴシゴシ擦ると傷やその周囲を傷つけたり、痛みの原因になります。正しい方法で清潔を保ちましょう。
a.弱酸性のボディーソープを使用する
b.泡ネットなどできめ細やかな泡をつくり、泡で傷・傷周囲を洗う
(ガーゼやタオルなどの刺激も強いので、手に泡を乗せてやさしく擦りましょう)
c.泡は手の指や手のひらに取り、円を描くように洗いましょう。
d.爪があたると傷つける可能性があるので、爪は切っておきましょう。
e.熱いお湯は炎症を悪化させるので、刺激の少ない温度でシャワーや入浴をしましょう。
③保湿
手術後は汗腺や脂腺が働きにくくなっています。皮脂が皮膚を覆うことで外からの刺激や細菌などを防いでいます。保湿をすることでこの皮膚のバリア機能を保ち、水分の保持力を高め、不足している油分を補うことができます。
a.ヘパリン類似物質が入っているものは保湿力が高いです。尿素製剤もおすすめです。
b.市販でも売っていますがまずは、主治医へ相談してみてください。(売店で販売している病院もあります)
c.保湿力が高いのは軟膏・クリーム>ローション>スプレーとなっています。
d.季節によって使いやすさがあります。夏は、軟膏はべたつきやすく感じることがあります。ご自身が心地いいタイプを使いましょう。
c.シャワー後は乾燥しやすいので、できるだけ早く保湿しましょう。
3. アフターケアに有効な下着・パッドについて
バストラインは見た目の補正も大切ですが、左右差が出ることで重心バランスに変化があり、肩こりや頭痛などにつながることもあります。乳房全摘の方だけではなく、乳房温存術の方も形・大きさ・位置など左右差が出ることがあります。傷が治り、痛みがなくなればパッドと専用ブラジャーを使い左右のバランスを整えましょう。手術直後につける下着については、「乳がんの手術_術後の生活で気をつけたいこと」の” 4.手術後の生活で気をつけたいこと”にまとめましたので参考にしてみてください。
①専用パッド、専用ブラジャーの代用品
乳房温存術で専用パッド・下着を使わずとも左右差を整えるため日用品で代用することができます。外出時は専用パッド、自宅の時は代用品を使用するなど使い分けてもいいでしょう。
a.ブラトップつきキャミソース:
手軽に購入できるため使用しやすいでしょう。カップの擦れが気になる場合、ガーゼを当てて使っている方もおられます。またキャミソールの上からソフトタイプブラジャーをつけても代用できます。
b.専用パッドの代用品
ハンドタオルや、もこもこしたボア生地の靴下を丸める、保冷剤を布で包んでパッドの代用品に使えます。
②専用パッド、専用ブラジャー
パッドには素材や術式に応じた様々な種類があります。簡単にまとめておきますので、参考にしてください。
a.術式に応じた下着・パッド
a-1.乳房温存術:
厚みが少なくフィットしやすい薄型シリコンがよいでしょう。左右差が少ない場合は、下着のカップに厚みのあるタイプであればパッドがなくてもフィットする場合があります。
a-2,乳房全摘術
パッドは自然な柔らかさと重みがあるシリコンタイプが良いでしょう。専用下着にはパッドをいれる大きなポケットがついています。パッドがずれる場合は下着の内側とパッドを布用両面テープで固定している方もいます。
a-3,乳房再建術
術後の乳房の大きさの変化に対応できる伸縮性のある素材が良いでしょう。乳房再建術中の方は医師に確認しましょう。人工乳房のインプラントを適切な場所に保つため、ソフトタイプのブラジャーの上からブレストバンドの装着が必要な場合があります。
b.パッドの素材種類
大きく分けて3つになります。それぞれの特徴をまとめます。
b-1.シリコン
・感触が乳房に近い
・重さがある(軽量タイプもある)
・通気性がない(汗や熱気による蒸れに注意)
b-2.ウレタン、スポンジ、綿
・シリコンタイプに比べて安価
・洗える
・軽い
b-3.ジェル
・形をある程度変形させることができる
・通気性がない
・重さがある
③購入場所
下着・パッドの購入場所は、インターネット(通販)、メーカーの店舗、かかりつけ病院が代表的です。
インターネットは種類も豊富で口コミから、付け心地・耐久性・実際に使用した患者さんの体験や気づきを知ることができます。しかし、術式や手術後の放射線・抗がん剤治療が必要・不必要、肌の感覚など、個人差があり口コミ全てを信じるには信頼性に乏しいこともあります。また実際のつけた感覚がわかりにくいというデメリットもあります。
試着してみたい場合は、メーカーの店舗で試着ができます。有名なメーカーはワコール、GUNZE、東レなどです。ただ実店舗は店舗数が限られ試着できない地域もあります。
かかりつけの病院で取り扱いがある場合もあります。数種類パンフレットが置いてあったり、定期的に業者がきて試着できるところもあります。医師や看護師に相談してみましょう。
④補助金
下着やパッドの機能も気になりますが、価格も重要です。医療用補整具購入費用の助成金を実施している自治体があります。外見の変化をフォローするための下着・パッド、人工乳房(直接肌に貼り付けて使用するもの、手術で体内にいれる人工乳房を除く)の購入金の一部を助成してくれます。
金額の目安は、下着・パッドは1〜3万円、人工乳房は5万円程です。自治体によって対象や金額、条件が異なります。
また提出書類に、がんと証明するための治療方針計画書や説明書(医師から渡される)、明細書(購入日、名称に補正下着と記載があるものなど)などがあります。補助金を考慮するなら、補助金対象の下着・パッドを購入する必要があるため、購入前にお住まいの自治体のサポート体制を確認しておきましょう。
詳しくは自治体に問い合わせしてみるか、インターネットで検索する場合「乳がん 補正パッド ○○市」などで検索してみましょう。
4.まとめ
患者さんの中には外見の変化を主に考え、全摘手術が必要でも温存できないか、手術ではなく放射線治療ができないか、と医師に相談する方もおられます。それだけ女性にとって乳房の形の変化・喪失は心のストレスになります。少しでも術前と外見の変化が少なくできるよう、乳房再建術・皮膚ケア・下着の3つの観点からお伝えしました。手術後の生活が少しでも過ごしやすくなるよう、参考にしていただきたいと思います。
おすすめ関連リンク:自宅でカンタン!再発予防も早期発見!「乳がん検査キット」
この記事を書いた人
山川幸江
<プロフィール>
病棟勤務14年。手術や抗がん剤治療など癌治療を受けられる多くの癌患者様に関わる。ICU配属中に、実母が肺癌ステージ4と告知を受ける。在宅での療養生活を見越し、訪問看護へ転職。同時期に事業所管理者となり、母の療養生活を支える。訪問看護でも、自宅療養の癌患者様に多く関わる。ダブルワークで働く中、母の在宅看取りを経験。自身の経験から癌患者様、介護中のご家族様が安心できる療養生活を過ごせるよう、介護空間コーディネーターとして、複数メディアで記事執筆、講座を行う。
<経歴>
看護師経験16年(消化器・乳腺外科、呼吸器・循環器内科・ICU/訪問看護・管理者)
自費訪問 ひかりハートケア登録ナース
(一社)日本ナースオーブ ウェルネスナース
<執筆・講座>
株式会社キタイエ様
「暮らしの中の安心サポーター“ナース家政婦さん”」
「ほっよかった。受診付き添いに安心を提供。”受診のともちゃん”」他
「がんで余命半年の親を看取った看護師の経験/ウェルネス講座」
「退院前から介護利用までの50のチェックリスト/note」