事故や病気などさまざまな原因で脳が障害を受け、遷延性意識障害(せんえんせいいしきしょうがい)の状態となってしまうことがあります。この状態では、呼吸や心拍といった生命維持機能は保たれる一方で、会話による意思疎通や、自分で食事・排泄を行うことが著しく困難です。意識障害の状態でも、急性期治療が終わって全身状態が安定すると、一般病院での入院を継続することが難しくなります。リハビリ病院などを経て、施設入所や自宅での療養など、退院後の生活の場を検討する時期がやってきます。そのとき「できることなら家で見てあげたい。でも、本当にできるの?」と悩むご家族もいるでしょう。
この記事では、遷延性意識障害のある方とそのご家族が、安心して在宅生活を送るために必要なことについてお伝えします。
この記事の目次
1.「家で見てあげたい」を叶えるために
意思疎通が難しく、起き上がることも自分で食べることもできなくなった方を前に、「家で介護するのは無理だ」と思われるご家族もいるのではないでしょうか。
「できることなら住み慣れた家で暮らせるようにしてあげたい」と願っても、介護の経験がなければ、何をどうすればよいのか想像もつかないことでしょう。
しかし、家族だけが介護の負担を負うわけではありません。
本人と家族の生活を支えるための制度があり、地域には医師や看護師をはじめ、在宅療養を支える専門職がいます。
自宅での療養が決まれば、本人・家族を中心に必要な専門職やサービスを組み合わせ、支援体制を整えることができます。
「家で一緒に暮らしたい」と思ったら、まずは病院の退院支援担当者など、身近な医療・介護の専門職にその気持ちを伝えてください。
もちろん、家での生活が誰にとっても一番よいとは限りません。
ただ、「家で一緒に生活したい」と願うのであれば、最初からその気持ちをあきらめる必要はないと思います。
2.家だからできることがある
私は訪問看護師として多くの家を訪問する中で、何度も「家には力がある」と感じることがありました。
それは、そばに家族がいるからだけではありません。
一人で暮らしている方の家を訪れたときにも、同じように感じました。
長年使ってこられた家具や食器、飾られた写真、好きな本や音楽、窓から見える景色。
その一つひとつに、その人が生きてきた時間が積み重なっています。
病院では「患者」であった人も、家に帰れば、これまで暮らしてきた場所で生活する「生活者」に戻っていく。
多くの方への訪問看護を通じて、そのことを実感してきました。
自宅での生活そのものが、意識障害のある方にさまざまな刺激を届けます。
家族の話し声、生活音、嗅ぎ慣れた匂い、肌をなでる風。そうした馴染みのある刺激の一つひとつが、その人の記憶やこれまでの生活と結びついています。
遷延性意識障害・寝たきり患者のための生活行動回復看護技術(NICD)でも、覚醒を促すために、日常生活の中で生活行動の刺激を届けることを大切にしています。
また、NICDで用いられる技術には、バランスボールを用いて硬くなった筋肉をほぐし、身体を緩めるものがあり、これは適切な方法を学べば子どもでも行えます。
こうした身体への働きかけや声かけなどを、日々の暮らしの中で繰り返せることも、家だからこその強みです。
住み慣れた家にあるものや、そこで営まれる日々の暮らし。
それこそが、私が訪問看護をしていた頃に感じていた「家が持つ力」なのかもしれません。
3.在宅介護を支えるチームづくり
意識障害になった方と家で一緒に暮らすことが決まったら、退院支援担当者などと相談しながら準備を始めます。
まず大切なのは、退院後の生活について相談し、必要なサービスにつないでくれる人と出会うことです。
利用できる制度やサービスは、本人の年齢や障害の状態、原因などによって異なります。
介護保険では介護支援専門員(ケアマネジャー)、障害福祉では相談支援専門員などが、本人や家族と相談しながら必要なサービスを組み立て、関係する事業者との調整を行います。
病院の担当者から相談先を紹介してもらうこともできますが、自分で地域の相談窓口を探すこともできます。
介護保険についてはお住まいの地域を担当する地域包括支援センター、障害福祉については市町村の障害福祉担当窓口や地域の相談支援事業所で相談できます。
身近にこれらのサービスを利用している人がいれば、実際に利用している事業者や支援者について話を聞いてみるのも参考になるでしょう。
相談する人が決まったら、自宅でどのような生活を送りたいのかを具体的に考えていきます。
療養する部屋はどこにするのか。
食事や排泄、入浴はどうするのか。
寝たきりの状態だからといって、ベッド周囲だけを考えるのではありません。
車椅子で過ごしたり、通所サービスを利用して外出したりすることも視野に入れ、生活の動線を考えながら住宅環境を整えます。
必要なものから整え、実際の生活に合わせて見直していきます。
在宅生活を支えるサービスには、看護や介護、リハビリなど自宅で受ける訪問サービスのほか、デイサービスや生活介護など日中に施設に通うサービスや、短期間施設に泊まるショートステイなどがあります。
本人が一日をどう過ごしたいのか、そのためにいつ何の支援が必要かを考えて、一週間の生活を組み立てます。
意識障害の状態にある方の意思を確認することは難しいですが、元気だった頃の生活スタイルや、何が好きで、どんなことを大切にしていたのかをヒントに、その人らしい生活を考えていきます。
その際に大切なことは、介護する家族の生活についても一緒に考えることです。
4.在宅介護を続けるために必要なこと
在宅介護が始まると、どうしても本人の介護を優先した生活になりやすく、家族が頑張りすぎて無理をしてしまうことがあります。
主たる介護者が自分の仕事や趣味などを犠牲にしたり、本人が子どもの場合には、そのき兄弟が小さな我慢を重ねていることもあります。
家族の誰か一人に負担がかかると、最初は小さくてもどんどん大きくなって抱えきれなくなることがあります。
家族で話し合って、お互いの気持ちを伝え合い、頼り頼られる関係でありたいものです。
時には家族の一人ひとりが介護から離れて、それぞれが自分のために過ごす時間を意識してつくることも大切です。
そのために、必要なサービスはしっかり利用しましょう。
サービス利用が始まると、支援者との相性や介護の方法が気になるなど、小さな行き違いが生じることがあります。
訪問看護をしていた頃、利用者や家族からさまざまな要望や苦情を受けることがあり、当時の私には「そんな小さなことを」と感じる内容もありました。
今考えると、私にとって小さなことでも、家族には何か理由があったのでしょう。
その一方で、家族から受けた言葉に、支援者である私自身が傷ついたこともありました。
サービスを受ける側だからといって、家族が遠慮する必要はありません。
一方で、お金を払っているからといって、要求できることには限りがあります。
家族と支援者は立場こそ異なりますが、本人の生活を支えるという目的において同じチームの一員です。
我慢せずに要望や苦情は伝え、あきらめず対話を重ねることが大切です。
要望するときは「どうしてそのようにしてほしいのか」を伝えることで、介護で大切にしていることを支援者に理解してもらいやすくなります。
また、支援者が「なぜそのケアを必要と考えているのか」を知ることも必要です。
そうした対話を積み重ねることで、立場や考え方の違う家族と支援者が、本人を支えるという共通の目的を確認し合い、信頼関係を築き育てていくことができます。
それでも、どうしても理解し合えない場合があるかもしれません。
話し合っても理解が得られない場合は、担当者やサービス事業所を変更することも可能です。
在宅介護を長く続けるには、誰か一人が我慢するのではなく、家族と支援者が共に育ち合うチームづくりが必要なのだと思います。
5.在宅介護の先を見据える
少しずつつくり上げてきた在宅介護であっても、今とは異なる選択が必要になることがあります。
月日が経ち、本人や家族が年齢を重ねることで、家族介護のバランスが崩れてくるからです。
これまで無理なくできた介護が身体的に負担になったり、介護者が体調を崩すことがあります。
また、親が介護者である場合、介護者が本人より先に世を去ることも考えておかなければなりません。
そのため、将来の選択肢の一つとして、施設での生活についても検討しておく必要があります。
施設を選ぶ際には、本人の状態に対応できる医療・看護体制、施設の理念(その人らしい生活への考え方)、場所、費用、本人の状態が変化しても暮らし続けることが可能かなどについて確認するとよいでしょう。
住み慣れた自宅から施設に生活の場が変わることは、本人にとって大きな環境の変化になります。
短期入所などを利用して施設での生活を知っておくと、将来の選択肢を考える際の参考にもなるでしょう。
すぐに施設入所を決めなくても、短期入所ができる場所を確保しておくことは、家のほかにも頼れる場所があるという意味でも大切です。
自宅での介護が落ち着いたら、早い時期から利用できる場所について支援者と相談してみましょう。
最終的に施設で生活することになっても、そこが本人にとっての新しい家となります。 暮らす場所が変わっても、その人らしい生活を守り、支えることに何ら変わりはありません。
まとめ
多くの介護を要する遷延性意識障害の方が、家で生活することは簡単なことではありません。それでも、必要な支援を受けながら、家での生活を選ぶことはできます。元気な頃から暮らしてきた家には、馴染みのある多くの刺激があり、そこには「家が持つ力」があると思います。一方で、家に限らず施設であっても、その人らしい生活を守り、支えることは同じです。本人を中心に、家族と支援者が対話を重ね、育ち合うチームをつくる。その中で、その人らしい暮らしが守られることを願ってやみません。
参考資料
日本ヒューマン・ナーシング研究学会編.意識障害・寝たきり(廃用症候群)患者への生活行動回復看護技術教本.メディカ出版.2015年
この記事を書いた人
看護師:青木 容子
〈プロフィール〉
看護師経験30年
(病院勤務通算8年、身体障害者施設3年、訪問看護15年、そのほか新生児訪問指導など)
現在は特別養護老人ホームなどで勤務する傍らCANNUS新長田を運営中。
紙屋克子氏らから、NICD:意識障害・寝たきり(廃用症候群)患者への生活行動回復看護を、黒岩恭子氏からは黒岩メソッドを学び、実践するとともにそれらの普及を目指している。